学校の紹介

 現在の観音寺市は、平成17(2005)年10月に、観音寺市、大野原町、豊浜町の1市2町が合併して誕生したものです。都市的地域、山間部や農村的地域、海や島しょなど、多種多様な地理的条件を持っており、西讃における産業、経済、文化の中心地域となっています。

 

 本校の校区は、観音寺市のほぼ中央に位置(地図の黄色部分)し、農山村地域から市街地近郊の住宅地域まで広がっており、多様な地域性を有しています。近年は、国道11号線や高松自動車道、県道など道路の整備が進み、また、農地の宅地化により、新しい住宅も増えてきています。こうした社会変化は、生徒の生活環境にも影響をもたらしています。保護者の価値観も多様化しつつありますが、教育に対する関心は高く、地域の中核として学校を盛り上げようとする意識は強く、学校の取組にたいへん協力的です。

 本校は、昭和33年(1958)年、旧海軍飛行場跡地に、敷地34,214平方メートルを買収して建設、設置された中学校です。創立当初は柞田分教場の生徒のみでしたが、昭和34(1959)年に校区が決まってからは、生徒数が1,000名を超える大規模校になりました。その後の少子化によって、現在の生徒数は当時の約半分になっていますが、創立以来継承してきた校訓「誠実・自律・協同」が、子どもたちの中に豊かにいきづくよう、保護者や地域と力を合わせて、学校運営を行っています。

 上の写真は、旧校舎のものです。現在の校舎は平成23(2011)年3月に竣工したもので、設備の充実した恵まれた環境の中で子どもたちは日々、学校生活を送っています。

沿革史

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